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zoom RSS 心理学を学んでいて感じたこと

<<   作成日時 : 2017/11/25 00:51   >>

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心理学を学び始めて、1年〜1年半ほどになります。

感じることは多々あり、それもかなり強烈に感じています(笑)が、ここで書くのは不適切なので控えています。

その中でも、これだけは書いておきたいと思いました。

実際に臨床心理士の先生などの授業も受けるのですが、その時に感じたことです。

心理学は、私たちの生活のさまざまな面で、とても助けになるものだと思いますが、その領域を超えているものまで扱おうとしている、と私の目には見えたことがあります。

最近ますます、発達障害という言葉が普通に使われるようになってきて、私自身も、ある特定の環境に身を置いたときに、いわゆる大人の発達障害と思われるような態度に自然になってしまう、ということを経験しています。

自分の状態については、環境に左右されるためであると考えているので、世の中の一部の人々には、その人の周りの環境を変えていくと、発達障害と言われる状況が変わるのではないか、と秘かに(ここに書いてしまうと秘かではなくなりますが(笑))考えています。

エンパス、チャネラ―体質、HSP(敏感なタイプ)という視点で自分自身を見ている人々は、環境による自分の変化に注意深くあるほうがいいと思っています。誤解を受けないために、自分の尊厳を守るためにも。

さて、今回特に感じたのは、以前は自閉症と言われていた状態で、今は「自閉症スペクトラム(ASD)」という呼び方をされている状態を、臨床心理学で扱うのは、無理があるのではないかということでした。象を虫取り網で捕まえるようなもの、とでも言ったらいいでしょうか。これは、私個人の勝手な見方ですが、授業で学びながら、エネルギー的に、これは無理だな、と思ったのです。

ASDに直接的、効果的に対応できるのは「脳科学」「脳神経学」ではないか、と。さらには物理、たぶん量子物理学、素粒子物理学あたりではないか、と素人ながら「直感的に」感じています。(無責任な書き方で申し訳ありません)

心理学や臨床心理学が役立つのは、そういったASDの家族を持った「ASDではない人々」のケアや「ASDの人々に対してどう接していくか」という場面ではないか、と思います。

私自身は医師でもありませんし、心理学者でも、臨床心理士でもありませんので、無責任なことを書いていると思いますが(医師法などに触れないことを祈ります)、私自身は、発達障害もASDもADHDも障害や病気だとは受け止めていません。実際に、クライアントとして受け入れたことはないのですが、もしそうなった場合には医師と協力してスピリチュアルなケアを進めていきたいと思っています。

また、実際に対面したことはないので、エネルギー・リーディングのやり方での理解の仕方ですが、ASDだけは、その他のさまざまな状態よりも、意識波動が高いのではないかと思っています。そのために、接し方一つにしても、他のケースのやり方を同じようには適用できないのではないか、と思います。

結局のところ、どのような状況であっても、一人ひとり、必要な対応は違うと思いますので、個人に直面したケアの仕方が定着するようになることを願っています。

これから、さまざまな面で、より理解が進むと良いですね。そして、どのような人々も、人類文明の、社会の重要な構成要員でありますから、そういった考えが基盤となって、社会が再構成されるといいな、といつも、ずいぶん以前から感じています。

学術的な知識も十分にない私が書いていますので、的外れな表現などがありましたら、お許しください。これは、個人的な、感覚的な感想です。

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