Light in Light(R)*アセンション

アクセスカウンタ

zoom RSS 冬至によせて

<<   作成日時 : 2015/12/22 15:38   >>

トラックバック 0 / コメント 0

2015年もまもなく終わり・・・冬至が近いと思っているうちに、その冬至の日になりました。こうして冬至に想いをはせることができるというのは生活に、心に少しばかりゆとりが生まれてきたからかもしれません。

かつては、90年代、00年代、瞑想会を開いたり、自然の中へ入って祈りを捧げたり、といった活動をしてきました。ワークショップなどを開く機会があるときは、そういった季節の節目に日程を合わせたりもしました。

冬至の大天使はガブリエルだったでしょうか(あまり自信ないなぁ・・・春分・ラファエル、夏至・ウリエル、秋分・ミカエル・・・だったような)・・・大天使たちにもお世話になりました。

宇宙の星々の運行なども、大きなパワーを持ちますが、私個人はいつも内的波動、ハートの繊細な歌、音楽に耳を澄ませ、それに人生と生活のすべてを合わせるように生きていたいと思うのです。

Telosの本(「レムリアの真実」太陽出版刊)には、それら年4回の季節の節目の日をはさんだ前後3日間は、地球の光の世界から、また宇宙からも存在たちがマウント・シャスタに集まって、一大フェスティバルが開催される、という記述があります。

それに影響されたからではないかもしれませんが、いえ、その体験を私にして欲しいと思ったからか、ガイドたちは、2008年にこの4つの節目にマウント・シャスタにいることを提案してきました。1年に4回もマウント・シャスタに行くなんて、今では米国政府ににらまれてしまいそうで、とてもできそうもありませんが、当時は(実は今も)私にとってのガイドからの提案は、断る理由が全くない「計画」で、私は迷わず、その年にその4つの季節、マウント・シャスタに滞在しました。

当時、オレリアさんが、「あなた、どうして、4回も来るの?」みたいにお尋ねになりましたが、私が答えたのは「ガイドがそう提案してきたからです」とだけで、オレリアさんも「そう・・・」ととても納得されていました。一般的には「?」がいくつもつくような対話でしたが、それが、この季節になると思い出されます。

今年は、昨年も、それまで日本や世界中を飛び回っていたところ、急に静かに家にいるようになりました。昨年の終わりに父が他界して、今年(2015年)は1年間喪に服した期間でした。それまでの自分も想像できなかっただろう生活を、今年はしてきました。

1年間も不活性な生活をするつもりはなかったのですが、また父が他界することについては、私やまた家族もみな覚悟をして、準備ができていましたが、実際に彼の肉体がこの地上から消えてしまうことについて、多少なりとも不安や動揺があったことは否めません。

父親というものは、個人にとって「社会でのスタンス」を象徴するのではないか、と思うことがよくありました。それは父が他界して思うというよりは、その数年前から、父が社会生活上、非常に困難な制限を負ってしまった時期から、私の身にひしひしと迫ってきた「内的事実」でした。

私個人は、他の人々も同じことをすべきだとは、もちろんまったく思いませんが、私個人が、自分の社会的立場の土台となってくれた父への敬意を表すために、私の1年間を捧げよう、と思い、またそうしてきたことをまったく後悔していません。

実際、父が私たち家族から旅立って、3ヶ月か4ヶ月間は、新しいこと、前に進むこと、何もする気になれず、ただ目の前に展開されることを見守ることだけで精一杯という生活をしてきました。父の魂が安寧の世界に慣れはじめた頃、それはまさに冬そのものだったのですが、その冬が終わり、春になる頃、やっと私も硬い土から芽吹きはじめた植物のように、外界に目を向けることができるようになりました。

父は他界する前から、私に意識交流のメッセージを送ることがよくありました。ですから、私も彼が肉体を脱ぐ時期をうすうす想像することができました。そして、彼が肉体を脱ぐまさにその瞬間も、彼のかたわらで、それを見守り、そして、それから葬儀を終え、人の人生の終焉の儀式を終えるまで、彼が私たち家族のかたわらにいて、私に分かるようにさまざまなことを伝えてきてくれました。

私は「スピリチュアル」という分野で学び、それを仕事にして生きてきましたが、この道のりで最も大きな収穫が何だったかというと、それはここに書いたように、父の死という「現象」を持ってしても、何一つ失望や絶望、また悔恨や悲しみ、そういった一切と無縁にここまで来れていることだと思っています。これが、私がこの道を選んだ結果得ることができた最大の贈り物だと感じています。

そうして、今年も冬至になり、まもなく父の「新たな誕生日」を迎え、私もまた、父とは別の「私の道」を今まで以上に私らしく生きていけることを強く感じています。

父に完璧にできたかどうかは分かりませんし、この後母に完璧にできるかどうかは分かりませんが、私の人生の目的、霊的使命の第一位にくるものは、私の肉体創造のために大きく貢献してくださった「肉体の両親」のその人生と「新たな生命へ向けての旅立ち」を助けることに他ならないと思いはじめて20年ほどが経ちました。やっとそれを現実として体験する時代に、今私が立ちはじめています。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

サイト内ウェブ検索

冬至によせて Light in Light(R)*アセンション/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる