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zoom RSS 国民の集合意識が反映する政治

<<   作成日時 : 2015/07/27 00:33   >>

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スピリチュアルな本を読むたびに、政治家は、私たちの意識の集合体の反映であるということや、私たちの意識が今の政治を生み出している、という話をよく見かけます。

もちろん、私はこれに賛成ですが、感覚的にその通りと思うけれど、それが実際、具体的にどういったことなのか、マインドでは理解していませんでした。ただ感覚的に、ハートが同意するから、ということでこのテーマを扱ってきました。

今年に入り、戦後70年の日本の在り方を取り上げたドキュメンタリーをシリーズで見ています。海外の友人が日本の在り方にとても興味があるので、友人と議論するためにも、私も勉強しなくては、と思って見始めました。

意外なことに、自分はあまりこのたぐいのことには関わりたくない人間だと思っていましたが、最近、こういった話題にとても心惹かれることに気づきました。(少しは大人になったのでしょうか)

国民として首長(日本の場合は総理大臣)に対して、どのような態度でいるべきか、というか(上手な表現ができないのですが)彼らに対して、どのように向き合うか、というのは、これまでの人生でもたびたび感じてきたことでした。

今回、上記のドキュメンタリーを見ていて、とてもクリアになったことがあります。

国を代表する政府、政治リーダーの意識は、国民総数の集合意識の顕れだということを、感覚ではなく、マインドではっきりと認識できたことでした。(今更遅いと言われるかもしれませんが)

なるほどねぇ、そうなっているのか、この世界は・・・といった感じでしょうか。

後に批判されることも多かった田中さんや小泉さん、彼らの政治手法もまた、国民の集合意識の反映であったのだと感じました。もちろん、政治家も人であり、人である限りは、すべてにおいて完璧にできるものでもなく、それでも、彼らは、私たち国民の向かう世界を作るために、やはり必要な人々だったのだ、と思いました。

戦後から、吉田さん、岸さん、佐藤さんetc. すべての首長が同じように、それぞれの役割を素晴らしく完璧に果たしてきたのだとも思いました。

驚いたのは、岸さんが総理大臣になることが許されたことと、サンフランシスコ講和条約が早すぎたのではないかと思ったことでした。

先頃の戦争(太平洋戦争)の意義とは、スピリチュアルに見て、国家として、また民族意識の浄化というならば、(チャネリングのメッセージなどでは、このように表現されることが多い)、もし仮に、それがなかったならば、今の日本はどういう国になっていたのだろうか、と考えもしました。

吉田さんの政治について知ったときに、もし太平洋戦争を回避できていたとしたら、つまり戦争という形ではなく、浄化やエネルギーのバランシングが行われていたとしたら、それはどんな三次元的現象として顕れていたのだろうか、と。そして、私たち日本国民は、それを選択もできたのだ、ということを考えました。

また私たち(国民、大衆)の「恐れ」や「責任の放棄」が、そういった政治などの流れを大きくせき止めたり、逆流させてきたこともまた真実であると思いました。

自分自身、今頃になって、このようなことを考え始めましたが、本当、自分を含めて、日本人はもっと「自分で考える」べきであり、自分の考えをシェアし、他の人々と意見を交えることがとても重要なのだ、と思いました。

私たちは、すぐに結論を出したがりますが、10年くらいの期間で、政治の方向性が正しかったか、また間違っていたか、と結論づけることはできないと思いました。もっと長いスパンで、少なくても50年くらいの年月を経て、やっと見えてくるものかもしれません。

また、もし私たちが、今まで同様、あまり考えることもしなかったなら、将来、50年後の「現実」に直面して初めて、50年前の流れや決断、実行について判断を下せるのではないでしょうか。

そうならないためにも、今、現在のこの時点で、自分の視点だけではなく、大局的に見ることによって、神の視点から考えることによって、私たちが将来得る「理解」や「認識」を、「今」受け取ることもできるのだと思います。


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